バチカン銀行 (2)バチカン銀行の概要

さて、今回は「バチカン銀行」がいかなる組織であるのか、を紹介しましょう。

バチカン銀行」の正式名称は、「宗教活動協会(IOR:Institute for Works of Religion)」であり、1942年にピウス十二世(位1939-1958)によりバチカン市国内に設立されました。ただ、実際に行っている活動が銀行とほぼ同じであるため「バチカン銀行」と呼ばれています。バチカン銀行が提供するサービスは、預金、貸付に留まらずローンカードの発行まで行っているようです*1。「預金の一部を慈善活動のために使う」という条件を満たしていれば、聖職者や協会団体でなくとも、バチカン銀行の金融サービスを利用することができます*2。1994年の金利改定で、普通預金金利は8%から6.3%に引き下げられ、定期預金については7%とされましたが、バチカン市国では利子に課税されないため、結果として高金利となっている(イタリアでは利子に30%の税金が課せられるそうです)。バチカン銀行の窓口は、「ニコラウス5世の塔」の中にあるそうです。同著から銀行窓口の様子に関する記載を引用しましょう。

・・・一般の銀行と比べても遜色のない銀行窓口が、サン・ピエトロ広場からほど近い「ニコラウス5世の塔」の中にある。窓口にたどり着くには、スイス人衛兵のスキだらけの検問を通過するだけだ。そこで、生粋のローマっ子なら誰でも知っているテクニックを使う。処方箋を見せて、内部の薬局に行かなければならないと説明するのだ。警備中のスイス人衛兵は、それでだいたい通してくれる。

1989年のヨハネ・パウロ二世の改革前のバチカン銀行は、ポール・カシミール・マルチンスク総裁(位1971−1989)によって牛耳られていました。マルチンスク時代のバチカン銀行については、次回、丁寧に紹介したいと思います。


ポール・カシミール・マルチンスク(1922-2006)

さて、バチカン銀行は、1989年のヨハネ・パウロ二世の改革により、運営と監査を司る二つの機関によって主導されるようになりました。

まず、「バチカン銀行監査委員会」です。これは、以前の総裁が担っていた銀行の運営を司る機関である。2009年9月23日時点で、同委員会の委員は5名おり、頭取のゴティテデスキ(Ettore Gotti Tedeschi)、副頭取のヘルマンシュミッツ(Ronaldo Hermann Schmitz)、そしてカール・アンダーソン(Carl A. Anderson)、ジョバンニ・センシ(Giovanni De Censi)、マニュエル・サトセラーノ(Manuel Soto Serrano)が委員となっています。1989年に同委員会が発足した際は、アンジェロ・カロイヤ(Angelo Caloia)が頭取を務めました。彼は2009年9月までバチカン銀行の頭取を続けます。そのほかの四人の委員の顔ぶれは、ホセ・サンチェス・アシアイン*3、フィリップ・ドゥ・ヴェック*4、テオドール・ピーツカー、そしてトーマス・メイシオース*5でした。


アンジェロ・カロイヤ(1939−)

もう一つのは、「枢機卿銀行監視評議会(Cardinals' Supervisory Commission for the Institute for Religious Works)」であり、バチカン銀行の取引全体を監視する役割を担っています*6。Tarcisio Bertone枢機卿が委員長を務め、Attilio Nicora枢機卿、Jean-Louis Tauran枢機卿、Telesphore Toppo枢機卿、Odilo Pedro Scherer枢機卿の四名が委員となっています。1989年に同評議会が発足した際は、ホセ・ロサリヨ・カスティリョ・ララ枢機卿(Rosalio José Castillo Lara)が委員長を務めました。カスティリョ・ララ枢機卿は、1997年にバチカンでのあらゆる職を離れ、2007年10月にベネズエラの首都カラカスの病院で息を引き取りました。


ホセ・ロサリヨ・カスティリョ・ララ(1922−2007)

そして、バチカン銀行の職員です。同著によると、バチカン銀行の職員は97名いるそうです。内部には、総務局、財務局、法務課等があり、重要ポストであるバチカン銀行総務局長は、ジョヴァンニ・ボーディヨ(-1992)、アンドレーア・ジッベリーニ(1992−)、レリヨ・スカレッティ(−2007)を経て、現在、パオロ・シプリアーニ(2007−)が務めています。

さて、バチカン銀行の財務状況はどのようになっていたのでしょうか。詳細は公開されていないため、同著に記載されている1995年時点の状況を紹介します。

  • 資本:948億リラ
  • 預金:4兆6,780億リラ(当時の相場でおよそ30億ユーロ相当)

これを国債や株券、融資などで運用していました。

  • 国債:2兆6,660億リラ(現在の相場でおよそ19億ユーロ相当)
  • 株券:910億リラ
  • 融資:1,185億リラ(うち277億円が要注意債権・不良債権
  • 金塊:1,617キロ

バチカン銀行は、1993年には725億リラの収益を上げており、同著によると、このバチカン銀行の収支から上がる収益は教皇個人が直接自由に使える資産として供されているとのことです。

さて、次回からこのバチカン銀行を利用して行われたマネーロンダリングについて、具体的なケースを交えてご紹介しましょう。

*1:1990年4月24日の規約には、「付帯サービスを概略的に挙げる(ただし以下の項目はすべてのサービスを網羅しているわけではない)。すなわち、貸金庫、封書入りの重要書類の保管、トラベラーズチェックの販売、クレジットカードの発行、バチカン銀行発行のローンカード(使用はバチカン市国内のATMに限られる)の送付」とある。

*2:教皇ヨハネ・パウロ2世の指示によって定められた1990年規約のおかげで、聖職者や協会団体(修道会、教区)のみならず、聖職者ではないバチカンの住人や外国人でさえ、バチカン銀行の顧客になることが認められるようになった。」(同著P55)

*3:ビルバオビスカヤ銀行総裁のスペイン人

*4:スイス・ユニオン銀行(UBS)総裁のスイス人

*5:コロンブス騎士会(アメリカ発祥のカトリック信者相互扶助会)元会長のアメリカ人

*6:枢機卿(Cardinalis)は、教皇に次ぐ高位聖職者の称号で、枢機卿団を構成している(2005年3月時点で枢機卿183名)