The Origin of Financial Crises (2)

m39532008-12-18

財・サービス市場と資産市場
まず初めに、同著は、サミュエルソン(Paul A. Samuelson)の“Economics, An Introductory Analysis”の一部を引用します。

Everybody receives money for what he sells and uses this money to buy what he withes. If more is wanted of any one good, say shoes, a flood of new orders will be given for it. This will cause its price to rise and more to be produced. Similarly, if more is available of a good like tea than people want, its price will be marked down as a result of competition. At the lower price people will drink more tea, and producers will no longer produce so much. Thus equilibrium of supply and demand will be restored.
What is true of markets for consumers’ goods is also true of markets for factors of production such as labor, land, and capital inputs.

ここでは、財・サービス市場において如何に需給均衡が達成されるかが描かれています。欲しい人(需要)が増えると、その分、価格が上昇し、それに応じて売りたい人(供給)も増えます。続いて、売りたい人(供給)が増える分、競争が激化し、今度は価格が低下します。そして、価格が下がることで、欲しい人(需要)が増える一方、売りたい人(供給)が少なくなります。この繰り返しで、価格を媒介にして需給均衡が維持される訳です。

この論理は、単に需給均衡が安定的に維持されるというだけでなく、資源を最適配分するように価格メカニズムが作用すると主張します。この論理に従えば、「余計なことはせずに、市場に任せなさい」ということになります。

ここで、筆者は、サミュエルソンの最後の一文に目を向け、「財・サービスの市場で成立することが必ずしも資産市場に当てはまるとは限らない」と主張します。確かに大学の授業では、最初に財・サービスの市場を題材にして需給均衡が達成される様子を説明した上で、「他も同じだからね」といって次の話題に移ってしまうことが多いと思います。筆者はこれを“Logic Trick”と読んでいます。

This logical trick is pervasive in economic teaching: we are first persuaded that the markets for goods are efficient, and then beguiled into believing this to a general principle applicable to all markets.

筆者は、財・サービスの市場においても、サミュエルソンが描く需給均衡メカニズムが機能しないケースがあるとし、Thorsten Veblen(1857-1929)の“conspicuous consumption(衒示消費)”を紹介します。Veblenの主張は、「お金持ちは、見せびらかしたくてモノを購入するので、値段が高いほど、お金持ちの間では需要が高まる」というものです。価格の高騰が需要の減少ではなく、逆に需要の増大を招く訳です。ただ、筆者は、こうした市場が存在することを認めつつも、こうした奢侈品市場が財・サービス市場全体に及ぼす影響は極めて限定的だと断った上で、本題の資産市場に話題を移します。

原油や不動産など供給制約が大きな市場において、消費者(財・サービス市場の参加者)と投資家(資産市場の参加者)は、供給制約に対して正反対の行動をとります。消費者は、供給制約により価格が高騰すると消費需要を低下させます。一方、投資家の視点からみると、供給制約によってもたらされる将来の値上がり期待を背景に、需要が増大します。価格の増大が更なる需要を刺激し、逆に価格の低下は需要を低下させる構造となり、サミュエルソンが描いた均衡メカニズムはここで破綻します。

EMHの問題点
Efficient Market Hypothesis(EMH)は、資産市場においても最適に価格が形成されていると考えます。EMHもいくつか種類があるのですが、“市場は過去に公表された各種情報を価格に織り込み済み”であると考えるのが一般的です。従って、EMHによれば、どんな資産価格の変動も、それは市場価格にまだ織り込まれていなかった新情報に反応した結果であるということになります(筆者はこれを“external shock”と呼んでいます)。

EMHの下では、資産バブルが発生する余地はなく、価格の変動は、それがどれ程大きな変動であったとしても、ファンダメンタルズの変化を受けて“正しく”価格が反応した結果であるとします。また、EMHの一つの帰結として、資産価格は正規分布に従うというものがあります。現在のファイナンス理論は資産価格の正規分布を仮定して組み立てられている訳ですが、現実と理論が乖離する実例は多く、例えば、2007年8月にGoldman Sachsが傘下のヘッジ・ファンドが多額の損失を計上した際にCFOであるDavid Viniar氏が出したコメントが典型例です。

“We were seeing things that were 25-standard deviation moves, several days in a row,” said David Viniar, Goldman’s chief financial officer. “There have been issues in some of the other quantitative spaces. But nothing like what we saw last week.”

通常の正規分布に従うと、平均値 ± 1 標準偏差の範囲内には全データの 約68%が含まれ、± 2 標準偏差の範囲内には全データの 約95%が含まれます。±9標準偏差の出来事が発生する確率は、地球が誕生してから現在に至るまでわずか1秒あるか無いかという確率ですから、David Viniar氏が言う25標準偏差の出来事は、人類史(もしくは地球史)始まって以来の奇跡と考えるか、そもそも理論が間違っていると考えるかしかありません。“It's not our fault(それは私達の責任ではない)”とDavid Viniar氏は言ったそうですが、要は、“だってそうやって先生に教わったんだし、みんなだってそうやってるんだもん”ということですね。

実際の資産価格は正規分布からかけ離れている場合も多く、特に正規分布より裾野が広がる現象(ファットテール)が多く見られます。以下、ファットテールに関する同氏(George Cooper氏)の記述です。

The term “fat tails” refer to the tendency for distributions of asset returns not to follow bell-shaped “normal” distribution curves, but instead to have an excess of events recorded in wings or tails of the distribution. Frequently asset return distributions look quite unlike normal distributions and can often be double peaked.

こうした反例があるにも関わらず、EMHは未だ我々の金融政策や金融リスク・システムのど真ん中にずしりと居座っている訳です。

Nevertheless, despite overwhelming evidence to the contrary, the Efficient Market Hypothesis remains the bedrock of how conventional wisdom views the financial system, the key premise upon which we conduct monetary policy and the framework on which we construct our financial risk systems.

The Financial Instability Hypothesis
ここで筆者は、Efficient Market Hypothesis(EMH)に替わる理論として、Hyman P. Minsky(1919-1996)のFinancial Instability Hypothesisを紹介します。MinskyのFinancial Instability Hypothesisと従来のEfficient Market Hypothesisの最大の違いは、金融市場における価格変動要因をどう捉えるかという点にあります。EMHは、市場価格に織り込まれていない新情報(“a new, unexpected, external event”)が発生しない限り、市場は均衡点に収束すると考えます。一方、MinskyのFinancial Instability Hypothesisは、市場自体が信用膨張(資産バブル)と信用収縮(資産デフレ)の機能を内在しており、何もせずに放置している限り、自己安定化もしなければ、最適資源配分も実現しないと考えます。

ここで筆者は、金融市場が不安定性を内在している事例として、マネー・マーケット・ファンド(MMF)を例に挙げます。MMFは、元本の安全を確保しながら安定した利回りを得られるような運用を行うファンドで、即日の購入・解約が可能です。機能としては銀行預金とほぼ同じと考えてよいでしょう。即日解約が可能であるため、普通に考えれば、その資金も短期でしか運用できない訳ですが、全員が同時期に解約することは考えにくいので、結果、ファンド・マネジャーは高利回りを得るため、一定額を長期運用に振り向けます。ここでリターンとリスクの乖離が発生します。

In money markets, as with most debt markets, the way to earn the highest rates of interest is to make loans for the longest possible periods to the lowest quality, least-reliable investors. The pressure for high money market yield therefore encourages fund managers toward a high-risk lending strategy. But this strategy runs into direct conflict with the money market fund’s commitment to give back all of the investor’s money, plus interest earned, without the risk of losses.

さて、MMFの投資先の一つが債務不履行になったらどうなるでしょう。MMFは多額の資産運用をしている訳ですから、投資先の一つが債務不履行になったくらいではビクともしないと考えることもできます。ただ、債務不履行の損失は、たとえわずかであってもMMFの年間運用利回りに反映されます。ここで、この運用利回りの低下を嫌う一部の投資家がMMFから資金を引き上げたらどうなるでしょう。ファンド・マネジャーは、債務不履行の損失を残った投資家に再配分しなければなりません。すると、これを嫌う投資家がMMFからさらに資金を引き上げようとするでしょう。この動きが加速化すると、MMF版の取り付け(Bank Run)に繋がります。

小さな出来事が自己増殖的に全体に影響を及ぼしてしまうわけですが、このMMFは、初めから矛盾を抱えていたと考えることができます。つまり、リスクに見合わないリターンを期待した投資家と、それに応えようとするファンド・マネジャーに問題がある訳ですが、MinskyのFinancial Instability Hypothesisは、金融市場が発達するにつれてこうした取引が増え、資産市場は不安定化すると主張します。

This basic conflict between guaranteeing return of capital while also putting that capital at risk is a key channel through which financial instability can be, and recently has been, generated.

こうした銀行取り付けの問題は、何百年も前から認知されていたにも関わらず、ファイナンス理論は完全にこの問題を無視し、結果、金融リスク・システムもこれを無視してきたと著者は主張します。

Bank runs flagrantly violate the Efficient Market Hypothesis, and yet neither mainstream economic nor financial market theory makes any attempt to integrate these processes into their models of market behavior.

The existence of bank runs have been well understood in finance for hundreds of years, yet their presence is entirely ignored by financial theory, and, therefore, by financial risk systems.

銀行取り付けの問題と聞くと、中央銀行があるじゃないか、と思われた方もいるでしょう。こうした問題意識を受けて、筆者は、続く第2章で中央銀行について論じます(次回に続く)。ちなみに写真の人物がHyman P. Minskyです。

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参考

Thorstein Veblen
http://cepa.newschool.edu/~het/

Hyman P. Minsky
http://cepa.newschool.edu/~het/

The Financial Instability Hypothesis
http://ideas.repec.org/p/lev/wrkpap/74.html