The Origin of Financial Crises (5)

引き続きGeorge Cooperの『The Origin of Financial Crises』をベースに、中央銀行の役割について見ていきたいと思います。

ステージ5:金本位制度– Gold Standard
金預託証書を用いた部分準備銀行制度は、信用創造を通じて経済発展に大きく寄与する一方、銀行取り付けによる金融システム不安を同時に招きました。この金融システム不安を取り除くため、部分準備銀行制度以前の時代に戻るということも一つの選択肢として考えうるのですが、筆者のGeorge Cooperは、信用創造によってもたらされる経済メリットを考慮すると、信用創造カニズムを放棄するのではなく、信用創造カニズムを残しつつ、その副作用(銀行取り付け)に対応する方が望ましいと考えます。

Going backward to a world before depository banks and credit creation was not an option. The process of credit creation had opened up a whole new channel for economic growth and prosperity. Venture capital in the truest sense of the word was now possible. Equally, the new banking system permitted channels by which risk could be pooled and shared; larger ventures became feasible. It was therefore clearly better to find a way to live with this new system rather than to live without it; a solution to the problem of bank runs was required.


さて、この副作用(銀行取り付け)の処方箋は、信用不安が問題になっている銀行を救済し、一つの銀行で発生した問題が全体へ波及することを阻止するものでなければなりません。この処方箋こそ、中央銀行が果たす役割の一つ「銀行の銀行(a bank for banks)」「最後の貸し手(a lender of last resort)」です。日本銀行は、この役割を次のように説明しています。

最後の貸し手の機能とは、資金繰りに問題が生じた金融機関等に対して、資金供給を行う主体がほかにいない場合に、中央銀行が文字どおり最後の貸し手として資金の供給を行うことを言います。中央銀行は、こうした貸出により、金融機関等に対して、預金等の払戻しや取引の実行のための資金を供給し、システミック・リスクの顕現化回避を含め、円滑な資金決済の確保を図っています。
http://www.boj.or.jp/oshiete/pfsys/04105003.htm


このように中央銀行の元来の使命は、“最後の貸し手”という機能に代表されるよう「金融システムの安定化」であり、「物価の安定(インフレーションへの対応)」ではありませんでした。

ただ、中央銀行が“最後の貸し手”を務めることにより、別の問題が発生しました。まず、銀行が最後の貸し手としての中央銀行をあてにした融資を行うようになります。また、どの銀行も最後は中央銀行に救済されうるため、預金者が個々の銀行のリスクを吟味せず、預金金利だけで銀行を選ぶようになります。結果、高い預金金利を提示する金融機関、つまり高リスクの金融機関が市場の趨勢を占めることになります。

このように金融システムを安定化するために導入された“最後の貸し手”という機能は、モラルハザードを引き起こし、市場で趨勢を占める高リスクの金融機関により、再び金融システムは不安定化してしまいました。

この新たな副作用に対する処方箋が“独占的な中央発券銀行(central banks and centralized money)”です。つまり、民間の商業銀行による銀行券の発券を禁止し、中央銀行に銀行券の発券を独占させたのです。中央銀行が金兌換の銀行券を発券し、商業銀行に流通させました。金兌換は中央銀行が行いますから、結果、各商業銀行が保有していた金も中央銀行に集約されました。

イギリスでは1844年のピール銀行条例により、日本では1882年の日本銀行の創立とともに、中央銀行が銀行発券業務を独占しました。下記は、日本銀行のウェブサイトで紹介されている銀行券の発行権限の歴史です。

銀行券の発行権限の歴史
(1) 国立銀行による発行(国立銀行券)
最初の銀行券は、第一国立銀行が明治 6年(1873年)8月に発行した国立銀行券です(20円、10円、5円、2円、1円の5種類<米国で製造>)。
その後、明治12年(1879年)までに 153の国立銀行が設立され、それぞれの銀行が国立銀行券を発行しました。
(2) 日本銀行による発行
明治15年(1882年)、日本銀行の創立と同時に、唯一の中央銀行である日本銀行に銀行券の発行権限が集中されることになりました。その後、明治17年1884年)5月、兌換銀行券条例が布告され、翌18年(1885年)5月に最初の銀行券である旧十円券が発行されました。それ以来今日に至るまで、日本銀行は銀行券の発行権限を独占的に持ち続けています。
http://www.boj.or.jp/oshiete/money/05100001.htm


中央銀行が銀行券の発券業務を独占することにより、政府は中央銀行の支配を通じて強力なパワーを手にしました。もはや政府は改鋳(Currency debasement)のために市場から通貨を回収するといった手間隙をかける必要はありません。ただ、流通している銀行券と金の交換比率を変更すれば良いのです。かつての改鋳(Currency debasement)は、通貨切り下げ(devaluing the currency)と呼ばれるようになりました。

ただ、政府は、独占的な中央発券銀行を通じて、これまでよりもずっと容易に国民から富を徴収することが可能になったのですが、通貨切り下げは、富の徴収手段としてあまりにあからさまだったため、それほど頻繁には行われませんでした。つまり、ここでもまだ恒常的なインフレーション(通貨切り下げ)は問題になっていなかったのです。

さて、ここで、現在の不換紙幣制度(fiat currency system)に話を進める前に、不換紙幣制度に対する批判的見解に対するGeorge Cooperのコメントを簡単に紹介します。

  1. 金本位制度回帰論
  2. 中央銀行否定論
  3. 信用創造否定論

まず、金本位制度回帰論に対しては、金本位制度がある種の問題を解決することを認めつつも、金本位制度自体も銀行取り付け(及びそれに伴う金融システム不安)という問題を抱えている点を指摘します。
また、中央銀行否定論に対しては、論理的に因果関係が逆であると指摘します。つまり、中央銀行が金融システムを不安定化しているのではなく、金融システムが不安定だから中央銀行が必要であると論じます。そして、その査証として、米国の中央銀行であるFRBの生い立ちを紹介します。FRBの誕生の背景は、1907年に米国を襲った金融不況でした。当時は、中央銀行が不在であったためJ.P. Morganが実質的な中央銀行の役割を果たし、金融危機に対処したのでした。
さらに、信用創造がもたらす「不安定な経済成長(a volatile and growing economy)」は、信用創造カニズムが誕生する以前の「安定的な不況(a stable and stagnant one)」よりマシだとして、信用創造否定論も一蹴します。

Financial instability can occur in any credit-dominated system, with or without the gold standard. There are those who argue for a return to a gold standard currency; this move may cure certain problems, but it would not, as some argue, usher in a golden age of financial stability.
Those advocating the abolition of central banks in the hope of re-establishing financial stability would likely be disappointed. The question of which came first – financial instability or central banking – is not a chicken and egg question; history shows quite clearly that financial instability came before central banking. This point is well made by examining the events behind the 1907 crisis in America that occurred in the absence of a central bank. … Financial instability caused central banking, not the other way around (at least originally).
To re-establish financial stability would require not the reversion to a gold standard, or the abolition of the central banks; it would require nothing less than the abolition of credit creation. In other words we would need to return our economies to the dark ages. Credit creation must stay, and we must find a way to live with the instability that comes with it; it is better to have a volatile and growing economy than a stable and stagnant one.


さて、次回は、やっと最終ステージの不換紙幣制度に突入です。