21世紀の国際関係 −五十年周期説と2030年の米国

m39532009-02-19

今回は随分と長くなってしまいましたが、2020~30年代の米国に関するフリードマンのシナリオをご紹介したいと思います。フリードマンの発想の原点は、五十年周期説です。米国は、建国以来、五十年周期で社会構造の変化に端を発する政治的な転換期を迎えてきた、というものです。この説によれば、米国は現在、第四の波と第五の波の中間にあり、2030年ごろに政治的転換期を迎えることになります。それでは、早速、第一の波から順に見ていきましょう。

第一波:建国者(Founders)から開拓者(Pioneers)へ
アメリカ合衆国は、1776年にイギリス人によって建国されました。ただ、実際は、彼らだけで国が造られたのではなく、アレゲーニー山脈西部へ国土を拡大する開拓者が必要とされました。開拓者は、ワシントンやジェファソンのような建国者と異なり、貧しく、教育水準も低いスコッツ・アイリッシュ(Scots-Irish)でした。1820年代には、建国の理念を掲げる集団と、開拓者の利益を掲げる集団との間で政治的な紛争が起こり、1828年、最後の建国者世代だったクインシー・アダムスを破り、アンドリュー・ジャクソンが開拓者を代表して第七代大統領に就きます。

第二波:開拓者(Pioneers)から地方都市住民(Small towns)へ
ジャクソン以降の大統領は、開拓者に必要な投資資金を供給するため、安定的に低金利政策を実現しました。しかし、南北戦争後の1870年代の西部は、もはや開拓者のためだけの地域ではなく、町の銀行に預金をしながら地方都市に定住する階層が登場しました。この預金がウォール・ストリートに流れ、大規模な鉄道投資や産業投資に資金が配分されるようになりました。新たに登場した都市住民は、高利回りを求め、これまでの低金利政策に抵抗します。そして、1876年に第十九代大統領に就任したラザフォード・ヘイズ及び財務長官のジョン・シャーマンにより金本位制再開に向けた取り組みを積極化し、インフレーションの抑制、金利上昇といった金融政策を展開します。

第三波:地方都市住民(Small towns)から産業都市労働者(Industrial cities)へ
大規模都市には、鉱山や工場の労働者として数百万人のアイルランド人やイタリア人が移民として渡米してきました。彼らは、地方の小都市で差別的な扱いを受けたため、結果として大勢が大都市に流入し、新たな階層を形成します。1870年代以降、金本位制のもと、金融引き締め政策が継続されましたが、結果として大都市の新階層の消費を抑圧し、最終的に1929年の大恐慌を招きます。そして、1932年にフランクリン・ルーズベルトが第32代大統領に就任し、これまでの金融政策を一変し、ニューディール政策に着手し、産業都市の労働者を念頭に、産業都市の雇用創出、消費活性化を図ることになります。

第四波:産業都市労働者(Industrial cities)から郊外中産階級(Service suburbs)へ
ニューディール政策以来の金融・財政政策は、戦後景気とあいまって、世界不況の克服に成功しました。が、1970年代に入る頃には、高所得者に対する高税率が社会全体の投資意欲を減退させ、新規事業や設備投資に資金が回らず、米国産業は徐々に世界的な競争力を低下させていきました。1970年代は、ベビーブーマー世代がちょうど家庭を持ち始めた時期でもあり、消費者金融の発達により、消費がいよいよ活性化する時期でした。石油危機を含め、経済的な危機に面した第39代大統領ジミー・カーターは、低所得層・中所得層に対する減税でこれに対応しようとしますが、過剰消費と過少投資という構造をさらに悪化させるだけでした。そして、1980年に第40代大統領ロナルド・レーガンが登場します。彼はいわゆるサプライサイド経済政策を実行し、減税により投資意欲の活性化を図りました。この恩恵を最も享受したのが、都市近郊に居住する企業家や各種専門家達でした。こうして、大都市の労働者に代わり、大都市郊外に居住する中産階級が大きな力も持つようになりました。

第五波:郊外中産階級(Service suburbs)から恒久的移民階級(Permanent migrant class)へ
これまで見てきたように、米国は建国以来、五十年周期で新旧の世代(階級)交代を繰り返してきました。建国者から開拓者へ、開拓者から地方都市住民へ、地方都市住民から産業都市労働者へ、そして産業都市労働者から郊外中産階級へと勢力は移り変わり、そして、その節目で歴史的な大統領選挙が繰り広げられてきました。この五十年周期説がこの先も繰り返されるとすると、次回の節目は2030年頃に訪れることになります。では、2030年の時点で一体何が問題となっており、問題解決のため何が求められることになるのでしょうか。

ジョージ・フリードマンは、人口減少が次の社会構造変革のトリガーになると考えています。問題の引き金となるのは、ベビーブーマーの退職です。レーガン政権以降、米国は、ニューエコノミーと称された劇的な生産性の向上、資産市場の成長にともなう消費と投資の好循環等により、著しい経済成長を遂げました。すでに金融システム危機に端を発し、この好循環が逆回転を始めていますが、ジョージ・フリードマンはこの先も人口動態的な要因によって、この循環が機能しなくなるとしています。つまり、ベビーブーマーが年金を積み崩し、資産として保有していた住宅を売却し、投資主体から消費主体へ立場を逆転させることにより、資産市場の成長が大きく期待しづらくなります。しかも、米国の社会保障制度が退職年齢を65歳に規定した当時、米国男性の平均寿命は61歳でした。つまり、ベビーブーマーは制度が想定していた以上に長生きをし、消費を続けることが予想される訳です。しかも、消費の増大と働き手の減少があいまって、物価の高騰(インフレーション)を招ねき、結果、退職世代の資産を目減りさせることになります。

では、これに対して政府はどのような手を打つことになるのでしょうか。まず、ベビーブーマーの政治的な圧力を受けて、増税ないしは国債の増発によって社会保障予算を確保することになるでしょう。増税は、減少する生産世代の労働意欲を損なうでしょうし、国債の増発は縮減する資本市場における民間の取り分を減少させることになり、いずれも経済成長を妨げることになります。結局、抜本的な解決策は、労働生産性を飛躍的に向上するか、労働者の供給量を増大するか、のいずれかしかない訳ですが、2000年前後と同様の労働生産性の向上を今後も継続することは難しいとフリードマンは考えます。つまり、残された解は、積極的な移民受入政策の断行ということになります。具体的には、グリーンカードの取得基準の大幅緩和や移民受入企業に対する助成金といった政策に、連邦政府が落とし込むことになります。これら一連の施策を通じて、連邦政府は、レーガン政権が目指した小さな政府から大きな政府へと路線を大きく変更するのです(実際は、今のオバマ政権がこれを先取りしているような気もしますが)。

実際にベビーブーマーが退職を始めるのは2013年ごろからですが、第二世代のベビーブーマーが2025年頃までは元気ある働き手として頑張るので、問題が顕在化するのは2025年前後になり、2028年か2032年の大統領選挙が節目の選挙になるフリードマンは見ています。

このように2020年代の米国は、内政面での問題に焦点を当てざるを得なくなり、2028年もしくは2032年の大統領選挙でクライマックスを迎えます。この間、国際政治の舞台に、三つの新興勢力が登場することになります。これについては、次回以降、ご紹介したいと思います。

ちなみに、上記のフリードマンの見解については、個人的にすっきりしない点がいくつかあります。資産市場および財・サービス市場の両者について、米国市場に焦点を当てすぎているような気がします。国際金融市場、国際貿易をどのように考えるか、といった視点が同氏の分析に欠けていると思います。

ただ、人口減少、高齢化社会の問題は、米国に先んじて日本が解決しなければならない問題であり、世界の先進国が働き手と納税者の確保のため移民政策を本格化する中、日本は「生産性の向上」や「若年、女性、高齢者の労働率の引き上げ」以外にどのような手が打てるのでしょうか。経済同友会は、労働力の活用施策として、「労働力率の引き上げ」、「外国人労働者の受け入れ」、「海外における労働力活用」を上げています。フリードマンのシナリオでは、この「海外における労働力活用」が鍵を握ります。

参考
人口減少社会にどう対応するか −2050年までの日本を考える−
経済同友会、2006年06月30日
http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2006/060630a.html