近代日本と欧米諸国(5)対日投資会議

(2006年10月執筆)

「拒否できない日本」の著者である関岡英之氏が、年次改革要望書関連の著作第二段となる「奪われる日本」を今年の八月に出版しました。

奪われる日本
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061498533

 第1部 検証「平成の大獄」 −郵政、そして医療
  第1章 郵政 −アメリカの狙いはなんだったのか
  第2章 「年次改革要望書」はどう始まったのか
  第3章 前自民党議員たちはなぜ反対したのか
  第4章 医療 −世界がうらやむ皆保険をなぜぶっ壊すのか
 第2部 節度も品格も無き時代 −小泉治世の検証
  第5章 M&A推進派はなぜ「日本」を売りたがるのか
  第6章 悪徳業者はなぜ世に蔓延るようになったのか
  第7章 談合はいつから犯罪になったのか
  第8章 あなたはほんとうに訴訟社会を望んでいるのか
  第9章 日本政府は米国になにを「要望」しているのか
 第3部 皇室の伝統を守れ
  第10章 万世一系をなぜまもるのか
  第11章 こどもたちは知りたがっている

今日は、「第5章 M&A推進派はなぜ「日本」を売りたがるのか」で取り上げられた対日投資会議について、少し書いてみたいと思います。

対日投資会議とは、内閣総理大臣を議長、経済財政政策担当大臣を副議長として、1994年(H6年)7月に設置された閣僚レベルの会議です。「対日投資会議の設置について」(1993年7月閣議決定)によれば、その任務は、「対日投資会議は、対日投資促進の観点から、投資環境の改善に係る意見の集約及び投資促進関連施策の周知のため、関係省庁間の連絡調整を行う」こととされており、要は外資導入を促進するための環境整備を目的にこの会議体が設置されました。

さて、対日投資会議の中身の話に移る前に、なぜ、対日投資会議を取り上げたのかについて、関岡氏の「奪われる日本」から、背景となる問題意識をご紹介したいと思います。

「・・・日本には「会社法」という法律はこれまで存在しなかった。会社制度に関しては、商法や有限会社法などさまざまな法律がからんでいた。
 それらをまとめてひとつの新しい会社法をつくる検討作業が法務省で進められてきた。法務大臣の諮問機関である法制審議会の会社法部会の「会社法制の現代化プロジェクト」がそれである。
 そしてその目玉と位置づけられていたのが、「外国株対価の合併」(「国境を越えた株式交換」あるいは「三角合併」と呼ばれている)の解禁である。(中略)
 外国株を使った株式交換が日本で解禁されるとどうなるのか。ひらたく言えば、外国企業は多額の買収資金を借り入れることなしに、自社株を使っていともたやすく日本企業を参加におさめることができるようになる。日本の名だたる大企業といえども、アメリカの巨大企業のじか総額と比べると、規模の点では零細弱小企業に等しい比較劣位にあるのが現状である。(中略)
 それにしても、なぜそもそも日本の大企業を軒並み外資に売り渡すに等しい「外国株対価の合併」の解禁などということが進められてきたのか。
 意外にも、ことは会社法だけではないのだ。会計基準についても、金融庁企業会計審議会では、企業合併会計を時価方式に原則統一する方針が定められている。
 この新しい合併会計基準の下では、従来の日本的な対等合併は難しくなり、敵対的買収を含めた吸収合併が今後の企業再編の主流になるといわれている。
 さらに税制の面でも、財務省が外国株を対価として外資に買収される日本企業については課税を猶予する方向で、税制改正の検討を04年秋から始めている。目的は、外資による日本企業買収を後押しするためだという。
 つまり、外資による日本企業倍主は、法律分野のみならず、会計、税制の分野とも平仄を合わせつつ、以前から統一的に推進されているのである。法務省財務省金融庁をたばね、そのすべての動きの司令塔となっているのが、対日投資会議(JIC)である」

では、この「法務省財務省金融庁をたばね、そのすべての動きの司令塔」となった対日投資会議とは、どのような会議なのだろうか。
まず、同ウェブサイトからそのメンバーを見ると、議長は内閣総理大臣、副議長は経済財政政策担当大臣、そして法務大臣総務大臣など各大臣が名を連ねます。閣僚レベルの会議なので、これだけ見ても他の会議とほとんど違いはありません。
対日投資会議は、下部組織に対日投資会議専門部会という部会を持っています。会議が設置されてから今日に至る12年の間、対日投資会議が合計8回しか会議を開催していないのに対し、対日投資会議専門部会は39回もの会議が開催されており、実質的な内容はこの部会にて検討されていたことがわかります。
この対日投資会議専門部会のメンバーは、2006年4月末の段階で、総勢34名からなり、専門部会委員、外国人特別委員、行政機関委員に分けられます。ちょっと長いですが、専門部会委員、外国人特別委員だけ紹介すると、下記のようになります。

2006年4月28日現在の対日投資会議専門部会のメンバー
(専門部会委員・外国人特別委員のみ)

(1)専門部会委員(50音順)
 相澤 光江 (新東京法律事務所 弁護士)
 浦田 秀次郎 (早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授 教授)
 太田 房江 (大阪府知事
 岡 俊子 (アビームM&Aコンサルティング株式会社代表取締役
 加藤 拓男 (チェルシー・ジャパン株式会社 特別顧問)
 清田 瞭 (株式会社大和証券グループ本社 取締役副会長)
 小村 武 (日本政策投資銀行 総裁)
 柴田 昌治 (日本ガイシ株式会社 代表取締役会長)
 島田 晴雄 (慶應義塾大学経済学部 教授)
 永山 治 (中外製薬株式会社 代表取締役社長)
 橘・フクシマ・咲江 (コーン・フェリー・インターナショナル株式会社
           日本担当代表取締役社長/米国本社取締役)
 山崎 広太郎 (福岡市長)
 渡辺 修 (独立行政法人日本貿易振興機構ジェトロ) 理事長)

(2)外国人特別委員(アルファベット順)
 ニコラス・E・ベネシュ (在日米国商工会議所(ACCJ)対日直接投資委員会 委員長
株式会社ジェイ・ティ・ピー 代表取締役
 リシャール・コラス (欧州ビジネス協会(EBC) 会長
            シャネル株式会社 代表取締役社長)
 ベルナール・デルマス (日本ミシュランタイヤ株式会社 代表取締役会長)
 リチャード・ダイク (ティーシーエスジャパン 代表取締役
 ロバート・アラン・フェルドマンモルガン・スタンレー証券株式会社 
 マークス・ヤンセンヤンセン外国法事務弁護士事務所 外国法事務弁護士)
 李昌烈(日本サムスン株式会社 代表取締役社長)
 ギャリー・C・リンチ (コ−ヴァンスジャパン株式会社 代表取締役
 ウィルフレッド・C・ウェイクリー (外国法事務弁護士)

上記の中でも、在日米国商工会議所(ACCJ)の対日直接投資委員会委員長であるニコラス・E・ベネシュおよび欧州ビジネス協会(EBC)のリシャール・コラスが積極的な発言をしているように見受けられます。

● ニコラス・E・ベネシュ
 1983年から1994年まで、旧J.P.モルガン勤務。ニューヨーク、東京、ロンドンでM&A、資本市場、デリバティブ業務、株式リサーチ、株式トレーディング、ストラクチャード・ファイナンス、海外不動産など多岐にわたる業務を担当。1994年から1997年まで、(株)鎌倉において、 M&Aアドバイザリー業務担当専務取締役。
スタンフォード大学政治学の学士号取得。カリフォルニア大学(UCLA)で法律博士号・経営学修士号を取得。カリフォルニア州及びニューヨーク州における弁護士資格、ロンドンと東京で証券外務員資格取得。
在日米国商工会議所(ACCJ)理事、同 対日直接投資委員会委員長、同 対日直接投資タスクフォース座長、 内閣府対日投資会議専門部会 外国人特別委員。

株式会社ジェイ・ティ・ピー  http://www.transaction.co.jp/

● リシャール・コラス
1953年 フランス共和国オード県生まれ
1975年 在日フランス大使館儀典課勤務(東京)
1977年 AKAI FRANCE S.A.(パリ)輸入・購入マネージャー
1979年 パルファム ジバンシー駐在事務所責任者
1981年 ジバンシー ジャポン株式会社(東京)
1983年 在日フランス商工会議所の理事会メンバーに選出
1984年 (フランス)コルベール委員会300周年を記念し、
      東京庭園美術館で行われたコルベールエキシビジョンの準備組織委員長
1985年 シャネル株式会社(東京)香水・化粧品本部長
1991年 シャネル株式会社(東京)代表取締役
1993年 シャネルLimited(香港)常務取締役
1993年 欧州ビジネス協会、化粧品部会の会長
1995年 シャネル株式会社(東京)代表取締役社長、現在に至る
1996年 CCEF(フランス政府対外貿易顧問)会長
1999年 在日フランス商工会議所会頭に選出され、就任
2001年 UCCIFE(海外フランス商工会議所連合)理事メンバー
      及び副事務局長
2002年 欧州ビジネス協会会長に選出され、就任。日欧ビジネス・ダイアローグ・ラウンドテーブル、ワーキンググループ1(貿易&投資部門)の共同議長

たとえば、ACCJのニコラス・E・ベネシュが同部会で発言した内容を、一部抜粋して紹介します。直球をばんばん投げている様子が伺えます。

● 第18回対日投資会議専門部会
 対日直接投資のほぼ全額がM&Aであるが、その取引額は極端に少ない。 M&Aは十分かつ安定的な対日直接投資の増加を望める唯一の方策である。 企業買収されるのは、破綻直前の企業のみであり、このことからM&Aは経営の失敗と考えられ避けられている。 三角合併など、M&Aを自由に行えるよう、商法改正をすべき。
 投資家を守ることのみを使命とする日本版SECが必要。 現在は1%あるいは300単位以上の株式を保有していないと株主提案権がなく、株主からの経営に対するプレッシャーが加わらない状況であり、提案権を拡大すべきである。
日 銀による株式買取はフェアに実施する必要がある。 産業再生機構は、負債の株式化をすべきであり、そうすれば納税者、政府の損失がなくて済む。 等

● 第28回対日投資会議専門部会
 ACCJは総理の対日投資残高の倍増目標の達成に貢献するため、「FDIタスクフォース」を設立し、一橋大学の深尾教授に政策提言をまとめていただいた。 FDIは生産性の向上に効果があるばかりでなく、一般的に考えられているような経営資源の流出をもたらすものではないことがこのレポートで分析されている。 グローバル経済のもとでは、国内の研究開発や資本のみに依存した経営は困難で非効率となり、資本の低収益率に起因する国内経済の悪循環を断ち切ることができない。
 FDIの促進にはM&Aを容易に行えるような制度整備が重要。 特に内外無差別な税制措置が必要である。 株式交換、合併等、すべての組織再編行為に対し、非現金対価についての課税繰延が確保されることが重要。 単に株式と株式を物物交換する取引に対し課税の繰延べを求めたい。 (課税所得の捕捉については)きちんとしたtrackingのシステムを作り、交換された株式を売却しても課税当局が譲渡所得を把握できるような制度もACCJでは考えている。
 商法改正や産業再生法における経済産業省法務省の努力には敬意を表しているが、産業再生法による三角合併には税制措置がない等の困難な点がある。 一般的な株式の交換取引に対し税制上の措置を講ずることも実現を求めたい。
 国境を越えた株式交換に関する税制措置は、今や外国投資家が、日本が対日投資促進に真剣に取り組んでいるかどうかを測る基準となっており、これが実現されなければ、(日本への投資に)大きな不利となるだろう。

● 第31回対日投資会議専門部会
( コミュニケーション戦略 ) 扇動的な記事、誤報に基づく記事が今年に入って散見される。特に企業買収、株式交換に関する様々な誤報があったが、政府として、その誤報を直すという姿勢が消極的ではなかったか。
( 株式交換 ) 現行の株式交換については、商法改正において外資系企業への適用拡大が見送られるようである。その結果、外資三角合併しか利用できず、内外差別的な現状を事実継続させるような結果をもたらすのではないか。現在、国内企業が使える株主交換制度と同様の税制、会計上の取り扱いをお願いしたい。 その場合、課税繰延がなければ、株式交換というのは意味がない。使い易いものになるのかという点が非常に不安である。
( 企業価値研究会 ) 最近、経済産業省が会社買収に対する防衛策に関する勉強会を発表したが、敵対的買収は日本で成功した例がほとんどないにも関わらず、何故、今の時点で検討する必要があるのか。 株式交換を用いれば、外資系企業による敵対的な買収が簡単に出来るため、日本の経営者は危機感を持つべきという記事がたくさんあるが、エクスチェンジ・オファー制度を用いれば現在でも敵対的買収は可能。しかし、税の繰り延べが適用されないため、ほとんど使われていない。
 株式交換三角合併の場合は、株主総会の特別決議の対象となり、買収者は被買収会社の株主に対して直接取引できないため、敵対的にはならない。 敵対的買収防衛策を検討するのは悪くないが、日本の企業統治の様々な問題、M&Aの際における日本の会社の問題などを検討しながら検討すれば良く、それだけに集中するのはどうかと思う。

上記のように、ベネシュ氏は、経産省の勉強会にすらいちゃもんを付けています。他の委員の方々はこれをどのような表情で聞いていたのでしょうか・・・。

同サイト(http://investment-japan.go.jp/jp/meeting/index.htm)では、1996年4月の第4回部会からある程度の情報を公開していたのですが、2005年4月の第34回部会以降、急に公開する情報量が低下しました(第34回部会に関しては議事次第すら公開されていません)。
 関岡氏の「奪われる日本」の「第5章 M&A推進派はなぜ「日本」を売りたがるのか」は、『正論』の2005年5月号に掲載された記事を元にしているのですが、関岡氏の記事が世の中に出たタイミングと、対日投資会議専門部会の公開する情報量がいっきに低下したタイミングがほぼ同一であることから、関岡氏の記事をみた関係筋から同部会(というか議事録を作り、サイト運営している内閣府に相当のプレッシャーがかかったのだと思います。

まだ過去の情報は公開されたままですが、「奪われる日本」が「拒否できない日本」のように世に浸透すると、同サイトの情報も伏せられてしまうかもしれません。